みなさま、
怒涛の3週間の講習を終えて、一昨日の27日、無事に帰国いたしました。
最後の週末の試験が終わってからは、これまた忙しく(^^;)、むこうから送るこ
とはできませんでした。忘れないうちに...。2003/8/29

--------------
■ロック・ミュージカル「地下鉄一号線」(8/19)
 中国の朝鮮族の「仙女」が自分を妊娠させた「つばめ」を探しにソウルにでて
くるお話。名前は、聞いたことがあったのだが、一度見てきたKさんが、何度で
も観たい、いくなら、もう一回いくよと、誘ってくれた。
 パンフレットを観れば、作者は、キム・ミンギ!

 http://www.hakchon.co.kr/

 台本の日本語訳は、新幹社から金重明さんの翻訳ででていました。実は、『キ
ム・ミンギ』という本の翻訳が、この新幹社から同じく、金重明さんの訳で1986
年にでていて、当時、その紹介をある雑誌に書かせてもらいました。これも、デ
ジタル化して、いずれWebに。(金重明さんは、「JSA」などの翻訳も手がけてお
られます。)

 ミュージカルの中では、(社会批判的な)「地下鉄の歌」を歌うアンギョンに
対して「いつまでそんな歌をうたっているんだ。キムミンギの時代は、終わって
るんだ」というせりふがありましたが、これは、作者のキムミンギが、70~80年
代の学生運動にとっての伝説的な存在であったことから成り立つセリフなんです
ね。これにかなり若い層が反応して笑う。こういう感覚が共有されている。あと、
地下鉄の乗客に、ピョンテとヨンジャというのがでてきて、これまた、1974年の
小説(パンフレットによれば、映画にもなった?)『バカ達の行進』の主人公
(*)。観客のほとんどが、こんな時代には、産まれてもいなかった世代なのに、
これに反応する。どうなっているんだろう...(^^;)。60年の4.19学生革命はもち
ろん、80年の光州蜂起だって、歴史的出来事、というなかで、このミュージカル
は、1996年からロングランをつづけている。その時、その時のVersionがつくら
えているようだから、次に韓国にいったら、また、観にいってみたいと思います。

キムミンギの時代は終わった。でも、まだ、学生達の集会では、「朝露」が歌わ
れているようです。私は、実際にはそういう場には居合わせなかったのですが、
「今日の集会で、「朝露」うたってたよ」という話を聞きました。

*)70年代、韓国の学生運動を契機に韓国に関心をもった人も多いと思う。こう
いう私自身、その一人ですが、他方、実際に、ソウルに友人がいる目から見たと
き、政治運動の視点だけで、韓国を理解しようという動きには、違和感を感じて
ました。先のキムミンギの歌の紹介を雑誌に書いたときも、実は、この『バカ達
の行進』にも触れていて、学生運動がでてこない小説なんて、おかしいんじゃな
いの、という大学内の活動家のもの言いに、そういうのこそ、おかしい、と書い
た覚えがあります。キムミンギのような歌と合わせて、この『バカ達の行進』の
中で歌われるごく普通の歌謡曲が、当時の朴軍事独裁政権によって、発禁にされ
ていたのです。これも、Webで公開しますね。

■試験
 8/22は試験。これまでの成果が試されます。あとで聞いたら(現役の)学生諸
君は、あまり試験勉強などせず、同じペースで遊んでいたといってましたが、い
わゆるオジサンたちは、必死になって勉強していました。図書館に入って、寄宿
舎の門限(夜の1時)までもどってこない者。ロビーや食堂で、2時すぎまでやっ
ている者。自分がこれまでやぶれなかった壁を突破できる手ごたえを感じていた
からできた集中かな、と思います。
 前日、あわてて消しゴムを買いました。シャープペンはもってましたが、消し
ゴムをつかわなくなって久しいことに気がついて、売店閉店ぎりぎりでGET。

 試験は、おかげさまで、すべてにAをもらうことができてホットしています。

「会話」の試験:
先生「試験はどうですか」
私 「むずかしいですが、なんとかやってます」
先生「がんばってくださいネ」
私 「はい、ありがとうございます」
先生「今日、時間はありますか」
私 「え、なぜですか」
先生「時間があれば、食事でも一緒にと思って」
私 「予定がありますけど、先生と食事できるなら、キャンセルします」
先生「...(^^;)...」
私 「???????」
先生「もう一回。『今日、時間はありますか』」

あっ、と、気がつく私。先生ニコニコ。これは、雑談モードではなく、試験の対
話問題文でした。思わず赤面、下を向く。あとで、L君に話したら、しょうーが
ネぇオヤジだと笑われてしまった。

■皆さん街へ。私は図書館へ(^^;)
 もう、試験が終わってしまえば、みなさん、図書館にいく用もありません。し
かし、私には、電子政府やIT革命関係の資料を探す、という「本来の」訪韓目的
がありまして、一人、図書館へ。
 端末をたたいて、文献をさがして、どの書架にあるかを確認して、コピーをと
る。こういうこともやっとできるようになりました。書架に入ると、むせかえる
ようなハングルの海。それでも、不思議なもので、欲しい書籍、紀要が目に飛び
込んできます。まだ、時間はかかりますが、やはりうれしいものです。
 しかし、やっと図書館のシステムを使えるようになったところで、帰国。幸い、
Webでの図書検索は可能なので、大学の図書館を通じて、貸し出しやコピー依頼
などをしてみようと思っているところです。

延世大学 http://www.yonsei.ac.kr/
中央図書館 http://library.yonsei.ac.kr/

しかし、図書館の端末で、内部の検索ページもインターネットも同じようにでき
る環境を触って、こうなっていてあたりまえだよな、と改めて、思っているとこ
ろです。

■試験も終わって、週末だ! (8/23-24)
 でかけるゾ、という意気込みはあるものの外は土砂降り。土曜日のテコンドー
の朝練のときも、体育館の屋根をたたきつける音の激しさにしばし呆然とするこ
とも。
 それにしても、試験が終われば、あとは、まっているのは、お別れだけ。みん
などことなく寂しい気分になる。これは、誰しも同じです。そんな時に、土砂降
り。できすぎです.....。

 最後の日曜日は、土砂降りの中、水原(スーウォン)に行ってきました。城郭
が残っていて、世界遺産にもなっているところ。ただ、あいにくの天気。
 しかし、このような天気でも、それをものともしないメンバーでいくと、楽し
いものですね。雨でも槍でも降ってこい!というノリで城郭を一周してきました。

 最初は、雨に煙る城郭なので、杜牧の「江南の春」にある、
「多少の樓臺烟雨の中」(*)
の気分だったのですが、スピーカーから流れてくるのは、現代韓国のロック。そ
こは、漢詩の世界ではなく、海水浴場かスキーのゲレンデでありました。

 でも、スピーカーの音が聞こえなくなれば、雨の音と雨に煙る城郭。これはこ
れで風流です。当初は、行程の半ばにある長安門までタクシーでいって、そこか
らもどってくることも考えたのですが、結局、一周踏破。最後には、雨もあがっ
て、楽しい経験となりました。夜になるとライトアップもされるようです。今度
は、いい天気の時にいってみたいものです。

*)中学校で習って覚えている数少ない漢詩。
江南の春 絶句

千里鶯啼いて綠紅に映ず,
水村山郭酒旗の風。
南朝四百八十寺,
多少の樓臺烟雨の中。

■ハードロック・カフェ
 水原のあとは、若い皆さんに誘われて、江南(ソウルを流れる漢江の南側。高
級住宅街エリア)にある、ハードロック・カフェへ。
 キム・ミンギのミュージカル「地下鉄一号線」でも、「江南マダム」というの
が登場しましたが、江南は、お金持ちエリアです。
 土砂降りのため、客足はいまいちでしたが、久々に西洋料理をたべ、夜遅くま
で踊っておりました。こういうところは初めてというL君も、最初は、恥ずかし
がっていたものの、一度踊ったら、やみつきになったようで、音楽が始まるとすっ
とんでいってました。

■テコンドーの昇級審査 (8/25)
 25日月曜日は、テコンドーの最終回。昇級審査。6名ずつ横一列にならばされ
て、審査を受けます。私のグループは、偶然ですが、武道経験者が大半。これは、
ラッキーでした。全体的に気合が入るので、その相乗効果で、一つ一つがピシッ
と決まります。全体で7名ほどが落ちてしまって、再審査になってましたが、最
終的には、全員パス。延世大学テコンドー場の名前と、自分の名前がハングルで
入った帯をもらってきました。
 また、稽古の皆勤賞で、WTF(世界テコンドー連盟)の名前が入った金メダ
ル。まあ、冷静に考えれば、子供だましなのですが、いいモチベーションになっ
たのは確かだし、実際、もらうと結構、うれしいものですね(^^)。そのうち、写
真版も公開できると思うので、そこでごらんください。

■韓国語の「初段」をめざせ!
 テコンドーも、初段になると黒帯。それまでは、白にはじまって、緑、青、そ
して、茶があって、黒、となります。
 茶帯は、3,2,1級。黒で、初段。

 韓国語のクラスとの関係でいくと、レベル1が、茶帯前(白、黄、緑、青...)。
レベル2が茶帯。そして、レベル3以上が、黒帯というところでしょうか。

 茶帯前だと、どうにか基本ができている程度。組手をやらせても、まだあぶな
っかしい。技を出す、というよりも、喧嘩の殴りあいになってしまう。茶帯にな
ると、あぶなっかしさが残るものの組手も技を出し合って、サマになりはじめる。
ただ、辞書は常に必要だし、ついていけない場面もかなり頻繁。
 これが、黒帯になると、あらゆる経験が、自己の能力形成にプラスになる段階。
つまり、誰かと話しても、なにか読んでも、どんどん力になっていく段階です。
やればやるだけ、力になる段階。

 先に、すべてAをとりましたと書きましたが、私は、レベル1のA(「秀」)。
つまり、武道でいえば、やっと茶帯に手が届いたところだと思います。ですから、
自分で手が届く教材をゆっくり着実にこなしていくことで、初段を目指したいと
思います。
 あと、二回くらいは、語学堂で鍛えてもらいたいと思っています。

■最後の沐浴湯(8/25)
 テコンドーの昇級審査の後、何人もの人から、今日は、モギョクタンいきます
か、と聞かれる。これが、みな女性(^^;)。いきますよ、というと、その後カル
ビタンには?とご質問。「じゃあ、ごいっしょしましょう」と私。結局、女性4
人に、男性は、私一人の最後の「沐浴湯-カルビタンツアー」。
 彼女達は、アカスリなどで、なんと二時間以上もお入りになっておいででした
(^^;)。私は、カルビタンから合流する友人と落ち合うRさんと一足先に、カルビ
タンへ。結局、女性5人と最後のツアーを楽しませていただきました。

■本当に最後の沐浴湯(8/26)
 このように、25日に最後の沐浴湯をすませたのは、本当の最終日(26日)は、
みな予定が入って、いけないだろうからだと思ったからなのですが、寄宿舎の面
々から「最終日は、モギョクタン!」という声がでてきて、最後の夜の本当に最
後のモギョクタンとなりました。

 最初に、沐浴湯が近所にあれば、いい場になるだろうなという予感はあたので
すが、ここまで、皆に喜んでもらえる場になるとは思ってもいませんでした。都
市社会学のゼミで町内会研究の話を聞いたことがありますが、そこで、銭湯にコ
ミュニティセンターとして機能があることを聞きました。まさに、そのことを実
感させられました。ただ、近所に沐浴湯があるだけでもだめなんでしょうね。語
学堂の先生で、この寄宿舎の近所にお住まいの方がいらっしゃいましたが、風呂
付の高層(高級)マンションなので、モギョクタンには縁がないようで、そんな
場所にあるなんて知らなかったと言ってましたらから。
 寄宿舎での共同生活(長屋)。語学堂という共通の学習。そして、風呂が好き
(^^)なのに、シャワーしかない寄宿舎生活、といういくつもの条件があって、成
立した交流の場としてのモギョクタンであったと思います。

 発見するまでの1時間半の彷徨は、みなさんが喜んでくれる姿と、風呂の中で
の裸のお付き合いの中で、十分に報われたと思います。

■最終日の朝の散歩(8/27)
 同室のL君を朝の5:30に空港行きのリムジンで見送ってからしばらくして、寄
宿舎のオジサン仲間で、学内にある、尹東柱の石碑にいきました。昨夜、最後の
モギョクタンに行ったときに、Aさんが、「知ってる?」と切り出したのがきっ
かけ。一同、なんで今まで教えてくれなかったんだぃ、とブーイング。それで、
出発の朝、皆で散歩がてら見にいくことになった次第です。

 1945年8月の解放を見ることなく、1945年2月、福岡刑務所で27歳の若さで獄死
した詩人、尹東柱。彼は、同志社大学で治安維持法にひっかかり逮捕されました。
同じ石碑が、同志社大学にもあるようです。石碑には、もちろん「序詞」。

死ぬ日まで天を仰ぎ
一点の恥ずべきなきを
草葉にそよぐ風にも
私は苦しんだ
星をうたう心もて
生きとし生けるものを愛さねば
そして わたしに与えられた道を
歩まねばならない

今宵も星は風にふれている

(いろいろな訳があるようですが、別冊『宝島』42「10日間のハングル」のもの
を使いました。)

尹東柱のことをご存知なかった方は、ぜひ、「尹東柱」をキーワードにしてWeb
で検索してみてください。

東柱の自選集『空と風と星と詩』は、こちらにきて、すぐに手にいれてありまし
た。Aさんは、語学堂の講義にでるのに、毎日、この石碑を通っていっていたと
か。「教えてくれよ、ったく~」というのが、皆の声でした。
 最後の散歩が、「序詞」をくちずさみながらのものとなったこと。それも、思
いを同じくするものたちと一緒にできました。この三週間の最後のイベントにふ
さわしかったかなと思います。

■エピローグ L君の淡い恋
 最終日が近づくにつれて、皆が、津波のように押し寄せる寂しさを予感するの
ですが、そういう場面を数多くこなしてきた、オジサンたちは、まあ、心の準備
がありますから、平静を装っています。
 ところが、19歳のL君。この三週間の経験が強烈であったために、最後のお別
れが辛いようでいた。そんな時に、先生に想いを寄せてしまった自分を発見する
ものですから、もう、本当に苦しそう。そういう時に効く薬なんてないのですけ
どね。
 最終日の最終講義時間は、広い部屋に学生全員があつまって、立食でゲーム大
会。最後の場面になると、涙をみせている学生さんもちらほら、です。
 そんなところで、L君が想いを寄せていた先生が、既婚者であることがわかる
のですが、L君、落ち込むのなんのって(^^;)。パーティのあと、寄宿舎にもどっ
て、ベッドに、倒れ込んだままでした。
 それをみていたオジサンたちは、「Lよ、既婚者だとなにがいけないんだい」
とか「既婚者の方が、チャンスあるぜ」に始まって、あげくの果ては「新婚直後
はむずかしいけど、5年もすればさぁ...」「いや、最近は、3年もたないんじゃ
ないの」などと、からかいます。L君、ベット上にしばしつっぷしてましたが
「このオヤジども、なにが言いたいんじゃい!」とひと暴れ。少林寺拳法の有段
者ですから、怖い怖い(^^;)。

 オジサンたちは、そんなL君の様子を見ながら、かつての自分とダブらせたり
ずらしたりして、うらやましくもあり、うれしくもあったのです。「序詞」にあ
る「一点の恥べきなきを」というところからは相当遠いところに来てしまってい
るようにも思いますが、だからこそ、あらためて、あの詩をくちづさむのだと思
います。

 「語学堂日記」は、いびきオジサンの話と私の引越しで始まりましたが、その
引越し先のL君との3週間は、実に楽しい3週間でした。彼を媒介に、多くのオ
ジサンが出会いました。L君が、しんみりと「もう、お別れですね。残念です。」
と言うのに対して、「ま、出会いがあれば、別れがあるさ」などと強がりを言っ
てしまいましたが、寂しくてしょうがなかったのは実は、私の方だったかもしれ
ません。

(終)
=====
メモを再構成したため、思い違いなど沢山あるかもしれません。まだまだ、書
いてないこともありますので、改めて文章化にしてみたいと思います。写真編の
用意ができたら、また、ご連絡差し上げます。アクセスしていただければ幸いで
す。

藤本一男
--------------------------------------------
kazuo fujimoto <fujimoto@sakushin-u.ac.jp>
作新学院大学 人間文化学部
http://www.sakushin-u.ac.jp/‾fujimoto
PGP:D664 D542 D578 5B39 BB2E 50AA 6FEC 2FE7
---------------------------------------------